燃費が悪い 番外編

風が服をすり抜けていく感覚が気持ち悪い。
秋の夜は意外に冷えるのだ。こうもやすやすと服を剥がれては明日の体調を今からでも気にしてしまいそうになる。この行為の途中はいつも、わざと他の事を考えるようにしてきた。勿論、俺が責任を取らなければならない問題なのは確かだが、こういう行為をする事で、人間という生き物は多少なりとも相手に情が移ってしまう何とも愚かな生き物だ。それに、今こうして俺の首筋に口付ける男、もとい、俺のサーヴァントであるバーサーカーは、俺の持つ役に立たない魔術回路からの魔力供給を諦め、こうして粘膜摂取として術者である俺から魔力を供給することになった。初めは互いに戸惑い、頑なに行為を拒否してきたバーサーカーではあったが、一度事が済めば、これまでに感じた事が無い位の魔力の充実感を得たらしい。お互い男色家ではないため、不安があったものの、今はこうして三、四日に一度のペースで体を重ねている。初めての行為の前に、バーサーカーには『これは欲とかそういうの意識しちゃいけない、あくまで事務的なことだ。気負わなくていい』と俺の口から直接伝えた。それでもどこか申し訳なさそうに怯えた表情を俺はいつも思い出すのだ。
「…んっ」
首筋を蛇に這われたようにそろりそろりとアイツの舌が蹂躙する。
俺としては、そういった戯れのような行為はあまり必要としたくはない。あくまでこれはバーサーカーにとっては生命維持活動の一環であり、変に意識されるととても気まずいのだ。俺は幸か不幸か、コイツを召喚するために爺さんに拷問に近い行為をかなり長い期間、付け焼刃状態で受けた経験があった。そのためか、無理矢理に挿れられたところで然程苦痛は感じない。今はこうして辛うじて健康体を取り戻してはいるが、精神的に受けた傷までは治るわけではなく、多少の痛みは我慢できた。
「…おい、言ったろ。そういうの必要ないんだ」
「しかし…ちゃんと慣らさないと貴方を苦しませてしまう」
あぁ、また妙に気を使っている。狂化が解けて以来いつもこうだ。どこか謙遜した態度が、狂乱していた頃とは似ても似つかない。
「俺は多少痛くても全然大丈夫なんだ。お前が変に気を使って無駄な行為しなくても…」
そうだ。これは性行為とはいえど、その間に愛は存在しない。むしろ、愛なんて持ってはいけないのだから。
制止の意を込めて掴んだ腕から伝わる体温が生々しい。先程まで俺の腹を撫ぜていた骨張った掌がゆっくりと離された。
「俺は女でもない、それに、お前も男を抱くなんて以ての外の筈だ」
「…それは」
「だから今だけは、この時だけは俺を忘れてくれ」
少し言い過ぎたと思いつつも率直な気持ちを口に出してみる。行為の時は後ろで束ねた アイツの長い髪がはらり、と垂れ下がる。
「…ならば、これだけはさせてください」
垂れ下がった髪をそのままにアイツはそう告げると、俺に口付けた。薄い唇の温さが今だけはとても熱い。まるで愛する恋人へ向けた、そんな口付けだった。

「…はぁ、お前どういう神経してるんだ」
「口付けだけはせめてお許しください、雁夜」
今日初めて名前を呼ばれた。その違和感が俺の凍りついたかのように冷えきった身体に電流を流すような錯覚を催す。なんだよ、これ。
そして、アイツは毎度のように申し訳ない表情をすると、ゆっくりと俺のナカに挿ってくる。ちっとも痛くない。ナカでアイツが動く度、蟲の這う感覚を思い出すのだけは、いつになっても慣れなかった。
「っ…はぁっ…んっ」
俺がこの行為で達する事はない。
俺の役目はただアイツを受け容れることだけだ。
「っ…雁夜っ…雁夜…」
名前を何度も呼ぶその行為に何の意味があるだろう。時々当たりどころが悪く、不意に声が漏れる度、アイツの動くスピードは少しだけ早くなった。
「ま、待て…そこばっかりやめろっ…」
ずん、と下腹部に来る圧迫感と、認めたくない快楽が押し寄せる。ぴん、と立てた爪先が微かに震え続けるのが解る。
「あっ…あぁっ…」
嬌声が次々と無意識に紡がれていく。自分で『意識するな』と言いながらも、当の本人がその禁忌を破っていた。

苦痛とはまた違った、“意識が飛びそうな感覚”に身が大きくしなる。
あぁ、俺はどうしようもない大馬鹿者だ。